「臨醐山黒酢」のふるさとへ
ツレヅレハナコの内堀醸造訪問記

20年近く愛用し、在庫がなくなるとすぐに買い足し続けているお酢があります。
それが、内堀醸造の「臨醐山黒酢」。
白いラベルに力強い筆文字で書かれた商品名に、薄墨で浮かぶ山の稜線。
スーパーマーケットのお酢コーナーで見かけたことがある人も多いはず。
黒酢というと中華料理のイメージが強いものですが、この黒酢は香りもコクもあるのにやさしくて、
和食にも洋食にも使いやすい。料理をしていても、いつも自然と手が伸びるのです。
そんな黒酢は、どんなところで、どのように作られているのだろう。
「つい手が伸びる」お酢を造っているのは、どんな人たち?
それを知りたくて、長野と岐阜にある「内堀醸造」製造工場を訪れました。
(2023年5月訪問)

ツレヅレハナコ

ツレヅレハナコ

Profile

食と酒と旅を愛する文筆家。全国や海外をめぐる食文化紀行の執筆をはじめ、お酒に合うおつまみレシピの開発などにも定評がある。著書に『女ひとりの夜つまみ』『まいにち酒ごはん日記』(ともに幻冬舎)、『ツレヅレハナコのじぶん弁当』(小学館)、『お酒好きに捧ぐ ツレヅレハナコのおいしい名店旅行記』(世界文化社)、『ツレヅレハナコの南の島へ呑みに行こうよ!』(光文社)など多数。

instagram @turehana1

美しい水と空気に囲まれた
自然豊かな地で育まれる酢

ツレヅレハナコ
大型トラックのタンクの中には業務用の酢が10トン
長野県飯島町にある「内堀醸造アルプス工場」。 車を降りると一面の色鮮やかな新緑に囲まれ、思わず深呼吸したくなるような澄んだ空気! そんな自然豊かなアルプスの山のふもとに、白い壁と赤い屋根の工場はあります。 出迎えてくれたのは、工場長の杉江毅さん。
「岐阜県にも本社工場がありますが、こちらのアルプス工場では生産性の高い主力商品を軸に酢を製造しています。酢造りには、原料となるきれいな水と酢酸発酵に関わる澄んだ空気が必須条件。岐阜県と長野県は、その意味でも理想的な土地と言えます」
工場近くはアルプス山脈に囲まれ、豊かな自然が広がる
工場近くはアルプス山脈に囲まれ、豊かな自然が広がる
工場長の杉江毅さん
工場長の杉江毅さん
私たちが普段、目にしているのは小売商品が主ですが、「味の素® ピュアセレクトマヨネーズ」や「日生協」のPB商品などにも、内堀醸造の酢が使われているそう。

各企業からのリクエストに合わせたオリジナル酢を開発するだけでなく、小売り用の商品も全800種以上! 確かに、工場ロビーの棚には米酢や黒酢だけでも各数種類、ワインビネガー、ぽん酢、らっきょう酢、飲むフルーツビネガー……と数えきれないほどの商品がズラリと並んでいます。

「この棚に並んでいるのは、ほんの一部。」と笑う杉江さん。そもそも、なぜそれほどの数の商品が生まれたのでしょう。
取引先の希望に応える酢を日々品質チェック
取引先の希望に応える酢を日々品質チェック

「酢造りは酒造りから」
精米から始まる酢への情熱

「当社は明治9年(1876年)の創業で、現在の社長は4代目。3代目の会長は92歳の今も元気に研究をしていて、5代目の専務も含めてバリバリの理系畑の経営陣ではありますが、全員が酢造りのスペシャリストです。そして、社員も含めた開発者たちは、それぞれが作りたいと思うものをどんどん作る(笑)。売るための戦略うんぬんよりも、まじめに良いものを造れば必ずお客様には届くはずだという方針で商品開発をおこなっています」
醸造の合間にチームでミーティング
醸造の合間にチームでミーティング
今も残る明治9年創業地にかかるのれん(岐阜県・八百津町)
今も残る明治9年創業地にかかるのれん(岐阜県・八百津町)

実際に、宣伝広告は一切していないのに関わらず、生産量は年々右肩上がり。工場で働く社員さんたちの雰囲気はみなやわらかく、楽しそうに仕事をしている姿が印象的です。

「面白そうだから造ってみた」「もっとおいしくなる製法を考えたので試しに造る」。社内の醸造タンクや蔵には、そんなチャレンジ精神を尊重して作られた未知数の酢が数多く眠っているのだとか。

自分たちが手掛ける酢のタンクの前で誇らしげ!
自分たちが手掛ける酢のタンクの前で誇らしげ!
工場を見学して驚いたのは、お酢ができるまでの果てしなくていねいな工程。例えば米酢なら、原料となる米をダイヤモンドロールの特別な精米機で精米するところからはじまります。そして、「酢造りは酒造りから」の社訓通り、すべてのお酢を造る際には、まず原料となる酒もろみを造るのです。
試作品の中には木樽で数十年熟成させるものも(写真は岐阜県・八百津町)
試作品の中には木樽で数十年熟成させるものも(写真は岐阜県・八百津町)
酢の種類に合わせて玄米などを仕入れる
酢の種類に合わせて玄米などを仕入れる
国内に数台しかないダイヤモンドロール精米機で精米
国内に数台しかないダイヤモンドロール精米機で精米
完成した酢は貯蔵タンクで熟成される
日本酒と同じ工程を経て酒もろみが完成
一般的な醸造酢業での酢造りは、他社からお酒を購入して使用することもあるそうですが、内堀醸造では酒造りこそ大切な要。米酢なら日本酒、ワインビネガーならワイン、りんご酢ならアップルワインのように、それぞれのもろみを手間暇かけて納得のいく工程を着実に踏んでいきます。

「だから、大吟醸の酒造りをして、酢を醸造した商品もあるんですよ。社員たちは酢の会社へ入社したのに、まさか大吟醸の酒造りをすることになるとは思わなかったかもしれませんね」
ぶくぶくと元気に発酵する様子が見える
ぶくぶくと元気に発酵する様子が見える

面倒な工程を選び続ける理由は
「一番おいしい」と思うから

酒もろみができたら、次の過程は「酢酸発酵」。酒もろみに「種酢」を加えることで発酵が進みます。このエリアへ入ると、一気にお酢の香り! ああ、この場所で酢が生まれるんだなあと思った瞬間でした。

酢が完成したら、いよいよ出荷……? と思いきや、お次はタンクで熟成。熟成エリアには、天井まである巨大なタンクが出番を待ちながらいくつも並んでいます。
ろ過して完成した酢をチェック
ろ過して完成した酢をチェック
完成した酢は貯蔵タンクで熟成される
完成した酢は貯蔵タンクで熟成される
「できあがったばかりの酢は、まだとんがっていて刺激が強い。
しっかり時間をかけて熟成させることで、おだやかさとまろやかさが増し、うまみを感じられるおいしい酢になるのです。」

ここまで見てきたのは、基本的なお酢の造り方の工程。でも、私が目を疑ったのは、最後に見学させてもらった通称「だし室」の様子でした。「だし」……? そう、売り切れ続出の「美濃特選味付ぽん酢」や、隠れた銘品の「美濃特選だし酢」などに使う、昆布とかつお節のだしをとるための工程です。

中に入ると大きな釜がいくつも並び、その横には山積みの立派な利尻昆布と枕崎製造のかつお節が。それらを熟練の社員さんが毎日ていねいに削り、濃厚なだしをとっているのだそう。えっ、ここから手作業!?

「今は便利なだしのエキスなどが市販されているのも知っていますが、やっぱりこうやってとったほうがおいしいんですよ。それなら、おいしいほうがいいよねって」
一事が万事、その調子。いやはや、最初に聞いた「まじめに良いものを造れば、必ずお客様には届くはず」は現場に現れているんですね。工場の説明をしながら、まるで我が子のように酢のタンクを見つめる工場長の視線は、どこまでもしみじみやさしいのでした。

「和食にも使いやすい黒酢」は
自然に任せない酢造りから生まれた

長野のアルプス工場から岐阜県八百津町「内堀醸造本社工場」へ移動し、お話を伺ったのは4代目の代表取締役社長・内堀泰作さん。「ようこそ、本社工場へ!」と明るい笑顔で迎えていただいたのが印象的です。

私が聞いてみたかったのは、愛用している「臨醐山黒酢」のこと。やわらかだけれど深いコクと甘みがあり、どんな料理にも使いやすい独特の味わいはどのように生まれたのでしょう。

「それは当社の酢造りが、伝統を守りつつも常に新しいことへ挑戦してきたことも関係があるかもしれませんね。まず、かなり早い時期から“自然任せ”な酢造りではなく、常に安定したクオリティを保てる製造工程を取り入れているのです」
豊かな水量の木曽川沿いに本社工場は建つ
豊かな水量の木曽川沿いに本社工場は建つ
本社工場。広大な土地に巨大なタンクが立ち並ぶ
本社工場。広大な土地に巨大なタンクが立ち並ぶ
精米、洗米、蒸米を経て 麹づくりへ
精米、洗米、蒸米を経て 麹づくりへ
手をかけた蒸米と米麹により酒母が誕生
手をかけた蒸米と米麹により酒母が誕生
「酢は、みそや醤油などほかの発酵調味料と比べて空気に触れるのが大好き。酢を造る酢酸菌は空気がないと生きられず、空気を取り込んでお酒のアルコールを食べることで酢が生まれます」

そのため、樽に入れたまま発酵させる昔ながらの「静置発酵」では、どうしても仕上がりにばらつきが出てしまうのだとか。

「なので、酢酸菌を均一に働かせられるよう、いち早く〈通気発酵〉を採用しました。具体的には混ぜ方や頻度、温度管理などをオートメーション化することで、確実にイメージ通りのおいしい酢を作ることができる。〈臨醐山黒酢〉は20年以上前、「香りがよく、酸味の感じ方が穏やかで使いやすい米酢をつくりたい」という想いから開発が始まりました。やわらかな酸味と玄米由来の甘み、豊かな香りを持つ黒酢を目指すほか、そのクオリティを保って安定供給できるよう時間をかけて開発に取り組みました。おかげで、水で割って飲みやすく料理にも使いやすいと好評をいただき、ロングセラーになっています」
オートメーション化だからといって機械任せというわけではなく、細かく管理するのはもちろん人間の仕事。聞けばふたつの工場設計と管理ソフトのプログラミングも、「理想の酢を造るため」に社員自らおこなっているというからおどろきました。

「新たなことに挑戦する気風は、会長時代から。実は日本で初めてワインビネガーを作ったのは内堀醸造なんです。当時まだ日本になじみがなかったワインビネガーを開発して、東京〈帝国ホテル〉のフランス料理長・村上信夫さんに飛び込みで持って行ってね。結果、気に入っていただけて、今でもホテルで使用されている白ワインビネガーはうちの商品です」

聞けば「臨醐山黒酢」の印象的なラベルの文字も、会長が新聞で見た書家の先生へ直接手紙を書き、書き下ろしていただいたものだそう。熱意と行動力がすごすぎる!

そんな会社の社風だからこそ、意欲ある新たな商品づくりや「さらに良い品質へ」という探求心を尊重する方針なのでしょう。ひたすらに「おいしい酢をつくりたい」というまっすぐな気持ちが「臨醐山黒酢」にも詰まっていて、長年愛される商品になったのは想像に難くありません。
今でもほぼ毎日出社して、研究に余念のない会長
今でもほぼ毎日出社して、研究に余念のない会長
開発から検査まで一貫して社内でおこなう
開発から検査まで一貫して社内でおこなう
酢酸発酵のスペシャリストたちが集う
酢酸発酵のスペシャリストたちが集う
活気あふれる本社工場を率いるのは浅川和也工場長
活気あふれる本社工場を率いるのは浅川和也工場長
社長のお話に納得をしつつ工場へ戻り、改めて社員の皆さんに話を聞けば「酢が好きで入社しました」「毎日お酢を飲んでいます」という人のなんと多いことか! そして、みんなお肌もピカピカで「健康診断の社内平均結果もとてもいいんですよ」と笑います。

なるほど、これほど空気も水もきれいな場所で、気持ちのいい社員たちが真摯に作り出す「臨醐山黒酢」。時代を超えて愛されてきた理由がとてもよくわかる訪問となりました。きっと、これからも長いお付き合いになるに違いない。帰ったら、黒酢で和え麺でも作ろうかな。商品を手に、そんなことを思いながら岐阜の地を後にしたのでした。

文章内の役職、年齢などは原稿執筆時2023年5月時点のものです。

社内食堂には自社の酢が呑み放題の冷蔵庫も!
社内食堂には自社の酢が呑み放題の冷蔵庫も!

ページトップへ戻る