YouTubeチャンネル「George ジョージ」をご存知ですか? コロナ禍にスタートするやいなや、料理動画のわかりやすさと映像の美しさに加え、セクシーな声とクールな風貌、突っ込みどころ満載の軽妙なトークで一躍人気となった「George」こと、シェフの吉田能さん。ミシュラン二つ星店の元料理長であり、現在は白金台のフレンチレストラン「CIRPAS」の料理長として腕を振るっています。YouTubeでは、プロの料理人ならではの本格的なメニューはもちろん、身近な食材を使った家庭料理にシェフならではのこだわりとフレンチの手法を落とし込み、丁寧に解説。あるとき、酢トマトを紹介する動画の中で、「美濃特選本造り米酢」を発見! 普段はお店でワインヴィネガーを使っている吉田さんが、なぜ米酢を? その理由を知りたくて、動画の撮影現場でもある吉田さんのご自宅キッチンを訪ねました。
「フランス料理って、酢をものすごく使います。あくまで僕のイメージですが、お寿司の次くらいに使う。ソースやマリネ液にはもちろん、鶏肉のお酢煮”プーレ・オ・ヴィネ-グル”のように、調理の途中で加えて煮詰めていくのもフランス料理らしい酢の使い方。基本的にはワインヴィネガーを中心とした果物由来の酢が中心です。フランスにかぶれている僕からするとにわかに信じがたいのですが、YouTubeを始めてわかったのは、日本のご家庭ではワインヴィネガーをほとんど使わないということ。衝撃でした。一般的なご家庭のキッチンにあるのは米酢。だとしたら、動画を見てくださった方たちがちゃんと再現できるよう、米酢でレシピをお伝えしなくてはと思ったんです。手に入りやすいもので、なおかつ自分がおいしいと思う米酢をと、近所のスーパーをいくつか回っていろいろ試してみたなかで、食材にこだわるスーパーに美濃特選本造り米酢がありました。うま味と穏やかな甘みもあって、尖った酸味を感じないところが使いやすくていいなと思いました。ワインヴィネガーと米酢の厳密な使い分けはしていませんが、強いて言うならワインヴィネガーのほうがジューシーな感じが勝っていて、米酢のほうが香りやコクはあると思います」
これまで、料理の再現性を考えたことがなかったという吉田さん。なぜなら、レストランの料理人は、お客さまにお店に足を運んでもらい、自分が作った料理を食べてもらうのが仕事だからです。
「よく料理人と料理家は何が違うのかと聞かれますが、そもそも土俵が違う。料理家の方たちは、いかに家庭で役に立つかという情報を提供するのが仕事で、レシピに求められるのは再現性です。僕はあくまで料理人であり、これまで情報を売るという土俵に上っていなかったわけですが、動画を配信したり、レシピ本を出すとなったら話は別です」
今では自身が提供する情報に共感してくれる人がいることに魅力ややりがいを感じていると言います。
そこで今回は、フランス料理の定番ともいえる酢を使ったソースが決め手の2品を教えてくれました。
まず1品目は、「長ねぎのヴィネグレット」
ヴィネグレットはフランス語で「酢」の意味ですが、この場合は酢を使ったソースのこと。オイルとマスタード、みじん切りにしたエシャロット、塩、こしょうを混ぜ合わせたもので、フランス料理のソースの基本です。
「長ねぎのヴィネグレットは、フランスでは”ポワロー・ヴィネグレット”と呼ばれるフレンチビストロの定番料理。メニューにあれば、僕は必ず頼みます。ソースを楽しむ料理なので、長ねぎはシンプルに塩ゆでに」
本来は「ポワロー」という西洋ねぎを使いますが、今回は普通の長ねぎで。最近は日本でも高級スーパーなどでポワローを見かけるようになりましたが、形状が日本の下仁田ねぎに似ているので、あれば下仁田ねぎで。
「できるだけ太いねぎを使ったほうが食感も味もよくなりますし、15㎝くらいの長さに切るだけで、フレンチっぽい仕上がりになります」
「ゆで加減はお好みで、時間はあくまでも目安でしかありません。レストランの若いスタッフも、すぐに肉の焼き時間を聞いてきますが、そこから30分説教が始まります(笑)。それぞれ個体差があるから一概には言えないし、何度もやって感覚で覚えていくしかない。ご家庭なら、手で触ってみて、自分がおいしそう、食べたいなと思ったタイミングでいいと思います」
長ねぎは日本特有の食材だけに、和食のメニューというイメージでしたが、これはまぎれもないフランス料理。ナイフとフォークでカットして口に入れると、ヴィネグレットの酸味がねぎの甘さを包み込み、複雑なうま味を感じます。ぜひ白ワインと一緒に。
続いては、「サーモンのムニエル ラヴィゴットソース」。
ムニエルは、フランス料理の調理法のひとつで、小麦粉をまぶした魚をバターなどで焼いたもの。ラヴィゴットソースは、細かく切った野菜と酢、オイルを混ぜ合わせたもので、魚料理によく合う酸っぱいソースです。
じつは、吉田さんが料理人に憧れたきっかけは小学生のとき、両親と行ったフランス料理店で食べた魚料理だったとか。
「当たり前ですが、自分が家で食べている魚料理とは全然違った。魚の身がふっくらしていて、何よりソースがすごくおいしくて、こんな魚料理があるんだと衝撃を受けました。あとはコックコートを着たシェフが滅茶苦茶カッコよくて、男の子って結局はカッコよさに弱いんですよ」
そんなことを話しているうちにでき上がったのは、これまたまぎれもないフレンチの魚料理。ソースを先に皿に敷いて、その上にサーモンをのせるもよし、ソースを脇に添えてもよし。絵画のように美しい一皿は、家族のお祝いやおもてなしにもぴったり。
「いちばんのポイントは、ラヴィゴットソースにおいしいお酢を使うことです」
あとは、どこでも手に入る野菜を細かく切って、オリーブオイルと合わせるだけ。とはいえトマトは湯むきをし、きゅうりは種の部分を切り落として賽の目切りに。
「フランス料理って、手間をかけようと思えばいくらでもかけられるし、簡単にしようと思えばいくらでもそぎ落とせます。でも、残すべき必要な部分は絶対にあって、それはレストランの料理であれ、家庭で作る料理であれ、伝えていきたいことですね。例えばラヴィゴットソースを作るとき、トマトの湯むきが手間だとか、皮に一番栄養があるとかいうのなら、トマトをただカットして塩で食べればいいだけのことだと思いますよ」と最後にGeorge節が炸裂。
1987年埼玉県生まれ。高校卒業後、服部栄養専門学校を経て、都内ホテルのレストランに就職。その後フランスに渡り、パリの「ドミニク・ブシェ」で1年間修業。帰国後は「ピエール・ガニエール」で研鑽を積み、「ドミニク・ブシェトーキョー」オープンと共に副料理長に。その後、同グループのエグゼクティブシェフとなり、東京、金沢、名古屋、京都の店舗を統括。2021年3月に退職し、YouTubeチャンネル「George ジョージ」を開設。家庭で再現できる料理から、プロ目線の本格メニューまで幅広く料理動画を配信。現在、YouTubeの登録者数は115万人を突破。2022年11月、東京・白金台「CIRPAS」にてシェフとして腕を振るい、「ミシュランガイド東京2024」のセレクティッドレストランに選出される。著書に『二つ星フレンチ元料理長が教えるおうち格上げレシピ』(KADOKAWA)がある。